庶民だって負けてない!?庶民の紅茶文化をみてみよう

紅茶の一般家庭への普及は王侯貴族よりも少し遅れて、アン女王の次の世代であるジョージⅠ世の頃です。

当時のコーヒーハウスは女子禁制。男子のみが立ち入ることが許された場所でした。女性や子供は茶に接する機会がなかなかありませんでしたが、茶が一般向けに販売されるようになったことで、女性や子供にも飲まれる機会ができました。しかしそれでも、紅茶が高価な物ということに変わりはありません。茶葉はベッコウや銀細工が施された箱に入れられ、大切に保管されました。この頃から美味しい紅茶の入れ方の宣伝や小冊子が出されました。これが今日のゴールデンルール確立の始まりです。

庶民に茶葉が流通し始めたことで、偽物の茶が横行するようになりました。密輸した質の悪い茶葉だけでなく、貴族が使った茶葉の出がらしを召使いから安くで買い上げ、これに落葉や柳の葉などを混ぜて販売する悪徳な茶商人が現れたのです。さらに酷いのは、ニワトコの葉やただの干し草を細かく切って色付けした、全く茶葉が入っていないものまで流出したのです。

このような出来事から、一般人はそれを信用しなくなりました。緑茶から紅茶に移り変わった背景には、このような理由もあったとされています。

さてさて。庶民だって紅茶を楽しみたい気持ちは一緒。その庶民はどのように紅茶を楽しんだのでしょうか。

・アーリーモーニングティー

産業革命により、人々は毎朝5〜6時には起き出して仕事に出掛けるようになります。その前に暖炉の脇で沸いたお湯で紅茶を入れて、身体を温めてから職場へと向かいました。1杯は自分で飲み、もう1杯はまだベッドで眠る妻のために入れてベッド脇に置いて出掛けるのです。この夫が入れてくれた紅茶が、妻の寝覚めの1杯だったのです。

・ブレックファーストティー

職場に着くと、パンやビスケットを朝食に紅茶を飲みました。妻も同様に、自宅で質素な朝食を摂りました。

・イレブンジスティー

昼前に、仕事にちょっと一息入れる時に飲みました。水はそのまま飲めなかったので、必ず沸かしていました。そのため、紅茶を入れて喉を潤すのにちょうどよかったのです。

・ランチティー

昼食もパンやソーセージなど、簡単なものを紅茶と一緒に摂りました。

・アフタヌーンティー

休日には家族で午後の紅茶。スコーンやマフィンなどの焼菓子、チーズやキュウリのサンドイッチなどを食べて過ごしました。また、部屋の中以外にも、郊外や庭などでガーデンティーをすることもありました。

・ハイティー

実は庶民から起こった食文化習慣。ディナーではなく、夕食にパンとスープに加え、肉料理なども出されたところから、ミートティーとも呼ばれ、女子供には紅茶が添えられました。

・ナイトキャップティー

寒い夜、ベッドに入る前に身体を温めるために飲む1杯です。心身をリラックスさせる効果のあるミントが加えられることもありました。

王侯貴族のような華やかな紅茶文化ではなくても、庶民もまた、紅茶を生活の一部として取り入れていたのです。

庶民の紅茶文化は、あの《リプトン》の出現によってより確立されてました。

リプトンの設立者であるトーマス・リプトンは貧しい商人の家庭に生まれました。しかし商売に対する意欲が強く、アメリカに渡ってアメリカ式の商法を学んだ後に、生まれ故郷のスコットランドへ戻り、実家を繁盛させて企業拡大した後、紅茶販売に着手します。

「紅茶園からティーポッドへ」をスローガンに生産地で自分の茶園を手に入れたリプトンは、庶民受けのする色が濃くて刺激の強い味の紅茶を、安価で大量に流通させることに成功。紅茶をパック売りしたのも、リプトンが始まりです。